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十数年ぶりの押しがけ

ずいぶんと久しぶりのMR2ネタです。と言うかこのブログでMR2を取り上げるのは故障ネタのみな気が…。今回もご多分に漏れず故障ネタです(笑)。
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しばらく乗っていなかったファーストカーのイグニッションをひねるものの、カチカチ言うだけでエンジンかからず。逝っちまったか…。というわけで、弁当屋の配送バイト時代以来の押しがけ決定。要領はバイクの押しがけと同じです。セルフスタータやキックスタータの代わりに、自分でエンジンを回転させて点火・始動させる方法ですね。

1. キーをONにしてギアはニュートラルに
2. 運転席のドアを開けて車を押す
3. 少し勢いがついたら素早く乗車する
4. クラッチを切り、ギアを2速に入れる(他のギアでもいいけど2速がいいでしょう)
5. クラッチを一気につなぐ
6. エンジンが掛かったらクラッチを切りそのまま運転
7. くれぐれも充電が終了するか、バッテリーを替えるまでエンジンを切らないこと

うちの前の道路は好都合なことに、緩い下り坂なので押しがけにはもってこい。車はバイクと違って車重があるので、早歩きぐらいのスピードがつけばエンジンがかかります。で、ABに行って8000円程度の大容量バッテリーに交換しました。

弁当屋時代、私にあてがわれていた配送車は日産バネット。こいつがとんでもないオンボロで、押しがけでしかエンジンがかからないという代物でした。弁当屋の前の道路が緩い下り坂なんですが、その短い下り坂を下り切るまでにエンジンをかけなければならないというプレッシャーはすごかった。なかなかかからない車なのに、その下り坂での押しがけチャンスは2回。ちなみに下り切るまでにかけられなかった時は歩いて事務所に戻り、同僚の応援を頼んで押してもらいます…。

出発したら帰ってくるまで決してエンジンを切ってはならないのですが、うっかり忘れて切ってしまい、配達先の現場のおっちゃんたちに押してもらったこともありました(笑)。バネットはハイエースと同じで車高が高いため、一人で押し掛けするのに飛び乗る時によく頭を打ち、クラッときてうまく乗れずに後輪にセルフで轢かれたりバカなことしてたなあ…。懐かしいです。
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by cyril-aw11 | 2008-06-16 18:48 |

徳川家霊廟と増上寺

港区芝にある増上寺は徳川家の菩提寺として知られ、今も徳川将軍15代のうち6人(秀忠、家宣、家継、家重、家慶、家茂)、それに公武合体策から14代将軍家茂に嫁いだ皇女和宮などが葬られている。
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地図を見ればわかるが、この増上寺を東西に挟むようにそびえるのが東京プリンスホテルとザ・プリンスパークタワー東京である。この寺の東西に分かれる約3万坪はもともと徳川家の所有地であったが、堤康次郎のやり口のご多分に漏れず、戦後の混乱期に多額の税に苦しむ徳川家から二束三文で簒奪した。その土地の中には墓地もいくつか点在していた。かつて皇女和宮の廟があったのを取り壊した上に建てたのが現在の東京プリンスホテルであり、ザ・プリンスパークタワー東京の下にはかつて2代将軍・秀忠が眠っていた。

もちろん墓を取り壊す際には眠っている遺体をどこかに移さなければならず、徳川家の菩提寺である増上寺との間で協議が続いた。双方の弁護士によるこの移転問題協議は長引いたが仏の問題でもあり、「彼岸中の移転はしない」との申し合わせがあった。しかし早期に移転を完了してホテル着工を急ぎたい康次郎はこの協定を無視、彼岸の中日に和宮の墓を取り壊してしまい大問題に発展したのである。

結局のところ徳川家霊廟は増上寺に作られたが、「墓を撤去する」という「眠っている人に大変失礼なこと」を、「身内でもない人が」「決めて実行するということ」、すなわち「部外者が墓をどかそう」などという身内が「不愉快に」思うようなことを、すでにやってのけていたのが他でもない堤康次郎本人だったわけである。歴史は繰り返す、因果応報ということを感じずにはいられない。
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by cyril-aw11 | 2008-06-06 13:21 | 軽井沢

堤家と鎌倉霊園

週刊新潮」6/5号で面白い記事を見つけた。<「堤康次郎の墓を撤去しろ」で始まった西武の堤家完全追放>という特集だ。

一代で西武王国を築いた初代・康次郎の巨大な墓は、西武が開発した55万平方M以上もの公園墓地「鎌倉霊園」内にある。かつては毎年元旦に、ヘリコプターで駆けつける2代目・義明氏とともにグループ幹部500人が墓前に手を合わせた。また「感謝と奉仕」の社是を引き継ぐと称して「奉仕当番」なるものが存在した。これは西武グループ内の企業各社社員2名が毎日手弁当で墓地内にある休憩所に泊り込み、朝夕の「鐘つき」や清掃などの墓守りをするというもの。「にぎやかなのが好きだった先代が淋しがらないように」と義明氏が指示して始めたというから、どこまでも前時代的で公私混同も甚だしい。堤家の定義する「感謝と奉仕」とは社会や顧客に対するものではなく、あくまでも堤家に対してのものを意味するらしい。

西武グループ凋落のきっかけとなった2004年の西武鉄道株の虚偽記載事件。西武鉄道が上場廃止となりさらに義明氏が逮捕されると、メインバンクのみずほコーポレート銀行は再建の舵取りのために後藤高志氏を送り込んだ。義明氏に代わる現総帥で、西武鉄道並びにグループ持株会社である西武ホールディングスの社長である。彼を中心とした再建委員会は親会社のコクドを解体、新たにグループ全体の持株会社として西武HDを設立した。ここに外部ファンドなどから大きな出資を入れ、逆に旧コクドの株主をNWコーポレーションという新会社に移管。これによって旧コクドでは36%の筆頭株主だった義明氏は西武HDでは5%の比率に過ぎなくなり、その影響力を失うことになったのだ。

今回の記事はその後藤氏が義明氏に「西武はもはや堤家のものではないのだから、そういう人の墓がグループ企業の霊園にあるというのは、会社のコンプライアンス上おかしい」と初代の墓の撤去を通告したというもの。それに対して西武の元幹部たちは「墓を撤去するなんて、眠っている人に大変失礼なことじゃないですか。まして身内でもない人がそんなことを決めて実行するということであればなおのこと。部外者が墓をどかそうなんてことを考えるなら、そりゃあ我々だって不愉快に思いますよ」と怒り心頭だと記事は伝えている。

当の後藤氏は発言を否定しているし、真相がよくわからないのはいかにも新潮らしいのだが(笑)、それはともかくとしてこの話は因果応報を強く感じさせるものだった。それがどういうことなのかは次回に。
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by cyril-aw11 | 2008-06-05 16:04 | 軽井沢

浅井慎平さん

日曜の朝は、ほぼ毎週欠かさずにTBS系の「サンデーモーニング」を見る。コメンテーター陣の一人に、敬愛する浅井慎平さんがいるからだ。ビートルズ来日時、彼らに密着し写真を撮り「ビートルズ東京 100時間のロマン」という写真集として出版して名を上げたカメラマンだが、鋭い視点から世相を切り、それをあくまで冷静にコメントできる方。清潔だが華美でないスタイルも、「先輩」という感じの親しみやすさで好きだ。

今日のトピックの一つに、JALがJASとの合併に伴って新しいシンボルマークを起用するため、5月30日に50年近く使用された鶴丸マーク(2代目)を付けた機体が最後のフライトを行ったことがあったのだが、浅井さんのコメントにまたもやハッとさせられた。
「どうして簡単に変えてしまうんですかね?」

司会の関口宏氏が「合併に伴うシンボルマークの変更ですね」と応じたが、もちろん浅井さんの真意はそこにはない。

「いや、どうしてずっと歴史を積み重ねてきたものを簡単に取り替えてしまうのかということなんです。この件に限らず、今の日本人はそうしたものを簡単に新しいものと取り替えてしまう。そこにはこれまで歴史を作ってきた人に対しての配慮も、これからそれを支えていくはずだった人への配慮も見られない。過去にも未来に対しても思考がなく、自分がその歴史をそこで止めてしまうことに対しての想像力が欠如していると思うんです」。

自分が今ここにいるという事実は、自分自身の意思だけによるものだけではない。他者への「配慮と想像力」さえあれば、極めて簡単にわかることではないだろうか。
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by cyril-aw11 | 2008-06-01 14:06 | 日常