カテゴリ:自然・環境( 31 )

「クマは警告する」より その2

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前回の続き
の前に、今朝の「信毎web」より転載(写真も)。

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深夜の民家に熊 小谷・大網で柿の木の上に

 柿を食べようと、人けのない深夜に民家の庭の木に登り、目を光らせる1頭の熊。北安曇郡小谷村の大網(おあみ)集落で16日未明、本紙写真記者が設置した無人カメラがツキノワグマの様子をとらえた。

 旧千国街道(塩の道)沿いにある武田真治さん(73)宅に14日、動物の体温に反応してシャッターが切れる赤外線センサー付き無人カメラを設置。同日から16日にかけて3回作動し、計10コマに熊が写った。木の周辺には食べ残した柿の実が転がっていた。近くに住む元猟師の仁科尚一さん(73)によると同じ熊らしく、体長は1・2-1・3メートル。3、4歳の雄とみられる。

 大網では11月初めから武田さん宅など数カ所の柿の木に出没した形跡があり、村猟友会が捕獲のためのおりを仕掛けている。「うちの柿が被害に遭ったのは初めて。山に餌がないのかな」と武田さん。仁科さんは「(柿の実を)食べ尽くしたらいなくなるだろうが、もうしばらくは出そう。夜は外出しないようにするしかない」と話している。

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これを読んでみると前回少し触れた古人の知恵、すなわち里山と人里の「臨界」に動物たちのための果樹ラインを設け、何らかの理由で食料が乏しかった時に不幸な事故が起こることを防ぐという対策がいかに有効だったがわかる。それがないと今回のように、ダイレクトに人里までクマが入り込んできてしまう。これはお互いにとって不幸なことだ。しかしこの小谷村の住民たちがクマの生息域にともに暮らす者として、大きな心で受け止めたコメントをしてくれていることに深い安堵と嬉しさを感じた。

[不幸にしてクマに出遭ってしまった場合、どうしたらいいのか]

まず慌ててはいけない。大事な一瞬だからである。彼らが理由なく襲うことはない。臨界内であればそのままの姿勢で静かに後ずさりし、臨界の外に出ることだ。

もしこちらの存在を知らずに近づいてきた場合は、すばやく近くの木に登り、大きく枝をゆすりながら大声で何かしら叫ぶといい。いかにも大勢であるかのように。クマは子連れであろうと藪の中に隠れること請け合いである。また出遭いの瞬間、立ち止まって目が合ったら、状況判断をしながら優しく語りかけるように目でサインを送るといい。そして目を離さずに、リュックやかばんを肩から下ろしながらそっとバックする。

クマは目を大きく開き鋭いまなざしになるが、怒っているのではないからつられてはいけない。頭を下げて上目にならない限り襲ってはこないからである。「優しく見ろ」というのには訳がある。クマの恐怖心を和らげる効果は計り知れない。そればかりか、こちらの心にも冷静さとゆとりが生まれるはずである。クマが肩で大きく息をして、こちらが瞬く隙に藪の中に隠れてくれたらありがたい。

五感という面で考えると、人間の耳は地上150センチ前後の障害物の少ない位置にある。だがクマは50センチ前後、植生の最も多い位置にある。また山野は十文字の風が吹いている場合が多い。音源の聞き分けがいかに困難か想像に難くないだろう。そういった理由で思いがけないクマとのバッティングは起こるのだ。

次回はいわゆる「死んだふり」がクマに有効なのかどうかを考察する。
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by cyril-aw11 | 2008-11-18 23:59 | 自然・環境

「クマは警告する」より その1

前回のクマの記事に、「クマと出会ってしまったらどうすればよいかを知っておきたい」というコメントを下さった方がいらしたので、少しその辺りをメモ代わりに残しておきたい。

以下は宮澤正義さんの「クマは警告する」からの受け売りである。彼は大学教授でも、動物学者でもない。日頃は野良仕事に精を出すお百姓さんだ。農業の傍ら、幼少の頃から常に身近な存在であったクマに興味を持ち、独学でその生態を学び、ともに同じエリアで生きる毎日を送ることで文字通り「生きた」知識を見につけた。だからこそ、どんな学者や研究者の言葉よりも重く、確かな裏付けがあるのだ。

[クマとの臨界]

臨界とは「ある状態からある状態に移るギリギリの境目」のことで、草食動物と肉食動物のような相互関係の中で、敵に対して避けるべき距離を言い、生態学で使う。

その条件と距離の目安
1. 偶然であり突然の出会い        12メートル
2. 子連れの場合(以下乳幼児グマ)   20M
3. 子グマとこもる巣穴の母グマ  通過  5M  立ち止まる場合 7~8M

個体の年齢差によって一様ではなく、3歳くらいまでは進退窮まらない限り襲う意欲が起こってこないことが多い。真夏(8/1以降)を越えた食い込み最盛期は、気持ちの高揚を考慮して幾分長めに取ること。

臨界内で遭遇したことが原因で母グマに襲われた場合でも、母グマは幼い子グマとの距離に反比例して闘争意欲が薄れること、また子グマへの心配が子グマとの距離に比例して膨らみ、深追いは考えられない。

幼児の子連れと出遭った場合、母グマは間に割って入り、必ず子グマを自分の影に隠すはずである。次に頭を下げ、肩の毛を逆立てる動作を始める。そしてきつく険しい上目になって、チラチラこちらを伺い始めたら非常に危険な状態にあることを示している。母グマは子供が危険な状態にあると思い始め、先にやっつけようか迷い始めたのである。この状態が見えたら20Mを超えていても、急ぎバックして距離をとるべきだという。


[クマの生息域に暮らす]

クマの生息域に住む人々(軽井沢もこれにあたる)には、同じ地上に住む仲間としての心を持って欲しいと宮澤さんは言う。人々は目に見えるから騒ぎ立てるが、生きんがため夜な夜な人間の家の近くを徘徊し、残飯を探しているかもしれない。だから、決してゴミ箱やコンポストなどを屋外に置いたりしてはならない。

野生の行動は、そのほとんどが食糧探しである。行動範囲も「安全」という学習をベースに、限られた範囲でしか行動できないのである。だから異音に気づいて屋外へ出る場合は、彼らの存在を前提にして事前の策を持って臨むべきだ。また外出の際は腰や靴、かばんなどに鈴を付け、タオルや手袋、帽子(この使い方は後に述べる)などで身支度することも必要だ。

では不幸にしてクマに出遭ってしまったらどうすべきか。次回は宮澤さんの著作からその方法を紹介してみたい。
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by cyril-aw11 | 2008-11-09 22:27 | 自然・環境

Who spits against Heaven spits in his own face.

以前、動物+植物=森という記事を書いた。この「動物+植物=森」というのはその記事の中で紹介した日本熊森協会による言葉で、その基本理念はこう記されている。

《動物+植物=森 クマは豊かな森のシンボルです》
 自然界は種々雑多な動植物が生態系のなかで絶妙のバランスを保ちながら共存しています。1種類でも生物がかけると生態系のバランスはたちまち崩れ、森は崩壊に向かいます。野生動物もまた、森の形成に多大な貢献をしています。動物がいなくては、森は森になりません。
 クマは日本最大の大型獣であり、自然界のあらゆる恩恵を受けて生きています。つまり、クマの棲める環境を残すということは、他の全ての生物が生息可能な豊かな自然を守ることにほかなりません。

私が以前から拝読しているとあるブログに、山形で痩せこけたクマが射殺されたことに関する考察が載っていたので、トラックバックさせていただいた。この方は以前、知床半島に足を運ばれた際にメスのヒグマ「ソーセージ」のことを知り、胸を痛めて記事を書かれたことがある。詳しくはトラックバック記事内からリンクで読めるが、簡単に言えば里山に餌がなくなり市街に降りてくるようになってしまったヒグマを、地元の人たちが一生懸命に威嚇くして追い返して人間が怖いことを繰り返し教えていたのだが、ある観光客が気まぐれで与えたソーセージ一本ですべてが台無しになり、射殺に至ったという話だ。

しかし今回の話は、より悲劇的だ。この痩せこけたクマは人を殺していない。それどころか人間のテリトリーである市街地に降りてすらいないのだ。人間が栗拾いのためにクマの生息域である山中に無防備な状態で入ってケガを負わされるきっかけを作り、そのせいで殺される必要のないクマが射殺されてしまった。これは一種の人災と言えないだろうか?人間の所業によって里山に餌がなくなり痩せこけたクマが、自分のテリトリーに入ってきた人間を襲わざるを得なくなった悲劇にちょっと思いを馳せていただけたらと思う。

クマは日本最大の大型獣で、自然界のヒエラルキーの頂点に立つ山の守り神だ。その神様の命を無尽蔵に奪い続ける権利が人間にはあるのだろうか?天に向かって吐いた唾はどこに向かうのか?答えは明らかだ。
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by cyril-aw11 | 2008-10-03 16:58 | 自然・環境

アイスホテル

少し間が開いてしまったが、今朝の新聞にまた地球温暖化関連の少々ショッキングな記事が出ていた。「地球温暖化でアイスホテルがピンチ?」というのがそのタイトルだ。
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アイスホテルは1990年開業。北極圏のスウェーデン北部、キルナから車で20~30分のユッカスヤルビ村にある人気ホテルで、すべてが氷で造られている。シーズンごとにデザインが変わり、2006~07年シーズンの宿泊者数は約26,000人(うち日本人1,000人)で、前シーズン比+10%にも上ったという。好奇心旺盛な人々に支えられ、氷の教会で結婚式を挙げるカップルも多いとか。日本には雪で作る「かまくら」があるが、その氷バージョンといったところか。確かに興味深いし、泊まってみたい。

そのアイスホテルに温暖化の影響が出てきている。05年のシーズンは平年11月となる工事開始が3週間も遅れた。また春になって氷が解け出すと営業終了、すべてがなくなってしまうという究極のエコホテルなのだが、昨季は計画より2日早い4月20日に店じまいとなった。今季はさらに2日早い18日になりそうだという。

これは前回の記事で触れたように、ESAが警鐘を鳴らす北極圏の温暖化の一つの現れのように見える。アラスカ各地では凍土溶解が発生し、デンマーク領グリーンランド南部の広い範囲では昨夏、地表を覆う氷床が解けていた日数が平年より最大30日も多かったという観測結果が出たという。

特に意識して見ていなくても、自分を取り巻く生活環境の変化を如実に感じるようになってきている。子供の頃には氷が張っていた池に氷が張らなくなり、霜柱を見かけなくなり、雪が降らなくなり、かまくらが作れなくなった。今年の冬は寒かったが、地球のサイクルから見たらそれもホンのわずかな揺り戻しだったろう。軽井沢に家を建てようとしている今、その土地の活用法とエネルギー利用のあり方には敏感にならざるを得ない。
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by cyril-aw11 | 2008-02-27 13:18 | 自然・環境

寒い冬? その3

私の好きなTV番組のひとつに「素敵な宇宙船地球号」(テレビ朝日系、毎週日曜日23:00~23:30)がある。先月の放送で、地球温暖化の深刻な影響の証左となる「大発見」が紹介されていた。それは北極海に浮かぶカナダ・バンクス島で、ホッキョクグマとグリズリーとのハイブリッド(交雑種)がハンターによって仕留められたというものだった。そのどこが「大発見」だったのか?

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絶滅が心配されるホッキョクグマの狩りはアメリカでは1970年代に禁止となったが、カナダでは今でも認められている。そのため先住民をガイドに付けたハンティング好きのアメリカ人が、こぞってハンティングにやって来る(この10年で800頭以上のホッキョクグマが撃たれたというから常軌を逸している)。その中の一人が2006年4月16日、体毛は白いのに目の周りが黒く縁取られた変わったクマを仕留めた。DNA鑑定の結果、先住民ガイドがにらんだ通り、ヒグマの仲間であるグリズリーの父とホッキョクグマの母の両方の遺伝子を受け継ぐハイブリッドであることが判明、野性のハイブリッドが確認されたのは初めてだったので「世紀の大発見」と呼ばれたわけだ。

スポーツハンティングの是非はともかくとして、この「大発見」は極めて重大なことを教えてくれた。それは人間の営みによって引き起こされた地球温暖化が予想以上のハイペースで進み、それがかつて見られなかった種の「ハイブリッド」化まで引き起こすという末期的な状況にまで至っているということだ。

DNAが極めて近いホッキョクグマとグリズリーだが、本来は両者の生息するエリアはハッキリと分かれており、30年前までは北極圏の島々にグリズリーは生息していなかった。しかし1990年以降、北極圏の温暖化が進むとグリズリーが北上し始め、さらに氷の融解によって取り残されたホッキョクグマが、グリズリーのいる陸にあがるケースが増えたという。こうして出会ったホッキョクグマとグリズリーによって生まれたハイブリッドは、地球温暖化の悲しき申し子なのだ。

ホッキョクグマが捕食し、その命をつなぐアザラシにも異変が表れているという。ワモンアザラシは4月頃に雪と氷の間に巣を作り、雪の屋根によって天敵と寒さから赤ん坊を守るが、年々雪解けが早まり、多くの赤ん坊が無防備の状態にさらされるようになったことで生存率が急低下している。アザラシが減れば当然、それを捕食するホッキョクグマにも大きな影響があり、氷の融解が早い年は子グマの死亡率が高いということも分かった。

大陸棚で水深の浅い所はアザラシが多く、ホッキョクグマにとって絶好の狩り場だ。しかし北極の氷は2000年から急激に解け始めてどんどん海岸から離れ、大陸棚から遠ざかっている。ホッキョクグマにとってはただ氷があればいいのではなく、狩り場である大陸棚に氷があることに重大な意味がある。アザラシを捕食できなくなったホッキョクグマの数は50年以内に3分の1に減ってしまうという予測もある。

これまでの「神の見えざる手」とも言うべき自然のメカニズムは今、人間の手によって大きく狂い作動しなくなってきている。そして、それは遠いどこかの話ではない。われわれの住んでいる場所とつながっている同じ星の話であり、われわれの近い将来を映している鏡なのだ。

番組は最後にこう問いかけていた。

交雑を繰り返せば新しい種が生まれ、いつしかホッキョクグマは消えてなくなってしまうかもしれません。生き残りをかけた「進化」の末、陸の上で草の根を食べ、白くなくなってしまっても、ホッキョクグマと呼べるのでしょうか?
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by cyril-aw11 | 2008-02-20 13:24 | 自然・環境

寒い冬? その2

さて北極の北西航路が有史以来初めて開けたことは、北極の氷が近年かつてないスピードで縮小していることを示している。

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写真は2007年9月上旬のESAによる北極地域の画像で、オレンジがかった黄色の線は北西航路を、青色の線は、ロシアの北を通る北東航路(こちらは一部氷が残っている)を示している。

濃いグレーの部分は氷のない海域を、中央のやや緑がかった部分は海氷を示す。





大航海時代以来、ヨーロッパから北米大陸へ移動しようとした探検家や船乗りたちは、何世紀にも渡って「北西航路」を探し求めてきた。北米大陸を川伝いに抜けるか、北岸沿いに進むかのルートだ。

しかしヨーロッパとアジアを直接結ぶ航路があれば、時間も費用も大幅に節約できる。北西航路が見つからなかったことが、次善策としてのパナマ運河建設に結びついたと言える。その後、北西航路のルートはいくつか発見されたが、大回りな上に大部分が氷に阻まれていて、商業的に使用できるものではなかった。

そんな中で、この「大発見」だ。そうなると醜い人間の性で、早くも政治的な対立が勃発している。カナダが自国領土の北側海域の領有権を主張し、アメリカはそれに異を唱え、ロシアもその底に眠る海底資源の領有権を主張し始めた。北極の氷の減少が予想を上回るペースで進んでいる証拠であり、地球規模のバッドニュースに直面してもなお、この体たらくには情けなさを通りこして呆れる他はない。

ESAのプレスリリース「衛星で確認、北極海の海氷面積が史上最少に」から、デンマーク国立宇宙センターのLeif Toudal Pedersen准教授の発言を引用しておく。

(1)われわれは、海氷面積がわずか300万平方キロメートル前後にまで減少しているのを確認した。これは2005年および2006年の最小値と比べて約100万平方キロ少ない。

(2)海氷面積は、過去10年の間で、年間約10万平方キロのペースで減少していたから、わずか1年で100万平方キロも減少したことになる。これは非常に極端なペースだ。

(3)たった1年で急激に減少したことで、(夏季の)氷が予想よりずっと速く消滅する懸念は間違いなく高まった。何が起きているのか、早急に解明する必要がある。

この項つづく。
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by cyril-aw11 | 2008-02-19 12:57 | 自然・環境

寒い冬? その1

今年の冬は寒い。先週末は久しぶりに暖かな好天に恵まれたが、今週に入ってからは完全に寒さがぶり返している。昨日の朝は雪でもないのに寒さで凍りついた雨戸シャッターが上がらなかったし、今朝も車の外気温計はマイナス5度を記録した。恐らくこれはここに住み始めてからの最低気温じゃなかろうか?(軽井沢遠征の際にはこの車でのK点、マイナス10度を記録)

うちは室外の気温を記録するユニットがないため、外気温は車に乗った時にしかわからないのだが(いつもみなさんのブログを拝見する度に、どうやって測定されているのかと気になっている。まさか百葉箱・・・じゃないよね?)、昨年は3月に入ってからやっと2度ほどちらついただけの雪が今年は幾度となく降り、すべて積もっているのだからやっぱり寒いのだろう。

だけど歴史的に見てどうかというと、やっぱり違うんだと思う。年々温暖化が進行しているため、時々寒波が多く襲来するとさも寒いかのように感じてしまうのだ。卑近な例で言うと、私は亡くなった祖父母の住む上越によく遊びに行っていたが、幼少の頃の正月休みは毎年のようにかまくら作りに精を出していた。海沿いでもともと雪が多い場所ではないのだが、それでもかまくらが作れるくらいの雪は降っていたのだ。私の成長とともに雪は少なくなり、高校~大学生の頃にはまったく雪が見られなくなってしまった。

こうした例はいくらでもあると思う。土地探しの際に星野リゾートの辺りを車で走行中、不動産屋さんが「この池に昔は氷が張り、冬季は天然のスケート場になっていたんですよ。冬に氷が張らなくなって、用途を変えたんです」という話をしてくれたこともあった。地球温暖化のスピードは思っているよりもずっと早いのだろう。

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上の写真は、NSIDC(National Snow and Ice Data Center)による最近の海氷面積図だ。左から2005/9/21、2007/8/16、そして2007/9/3のもの。一目瞭然だ。

アラスカとシベリア沿岸の海氷が広く融けるのは、ベーリング海峡から暖かい太平洋の海水が流れ込んでいるためだ。これは昨秋のESA(European Space Agency)による、「急激に海氷が減少して北極海の北西航路が開通する」との恐らく有史以来初めての衝撃的な結論を裏付ける。カナダの北岸に沿って、ヨーロッパからアジアへ直接向かう航路をさえぎる氷がなくなってしまったのだ!

この項つづく。
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by cyril-aw11 | 2008-02-14 13:47 | 自然・環境

夢の扉~NEXT DOOR 溝口俊夫さん

私が好きでよく見ているテレビ番組に「夢の扉~NEXT DOOR」がある。TBS系で日曜の18:30から放送しているもので、サブタイトルにあるように様々な分野で「いつの日か」を「今日」に変える取り組みをしている人たちのドキュメンタリーだ。

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昨夜の放送は、福島県の安達太良山にある福島県鳥獣保護センターで野生動物専門の獣医として働いている溝口俊夫さん。かつて獣医を志したが叶わなかった私のヒーローだ。「情熱大陸」をはじめ様々なメディアで取り上げられることも多い方で、タヌキ、キツネ、ムササビ、クマなど1年間で400頭近い野生動物を治療している。

こうした傷ついた野生動物を献身的に治療する、いわゆる「赤ひげ先生」なら日本全国にたくさんいるかもしれない。溝口さんがこうして取り上げられるのは、彼がただ傷ついた野生動物を治療するだけにとどまらず、「なぜ野生動物は傷つくのか」という根本的な問題を解決するため、動物の目線に立って物事を検証しているからだ。野生動物の生態、保護された場所の環境などをスタッフとともに一から調査し、人間と動物がともに生きていく、「共生」していくためにはどうしたらいいのかを考察していく。

その最たるものが「エコロード」だろう。動物たちが通る道と人間が利用する道路が交錯する箇所を研究して割り出し、動物たちに安全な道を確保しようとするものだ。ある道路でタヌキの交通事故が後を絶たないとする。そこで溝口さんは現場という現場に足を運び、そこに這いつくばって目線をタヌキに合わせてみる。すると彼らの低い視点からでは、見通しがほとんど利かないことがわかる。山に住むタヌキは山よりもエサが容易に取れることからすそ野の田んぼに遠征していたのだが、その山と田んぼの間に突如として道路が通ってしまった。タヌキにそんな事情はわからないから、いつものようにエサを取りに行こうとして交通事故に遭ってしまうという具合だ。

そうした人間と動物の双方に不幸な事故を避けるため、溝口さんは山を切り拓いて造られるような道路に設計段階から加わったり、動物が人間の道路を横断しなくてもすむように動物専用トンネルを企画・提案したりして、「共生」社会の実現に尽力している。その成果は如実に現れ、ある道路の下を通した動物専用トンネルができて以来、その道路での動物の交通事故はゼロになったという。

溝口さんの活動が全国的に見ても先進的であることは疑いがないが、公的な自治体がこうした専門家とタッグを組んで積極的に「共生」に取り組んでいることにも拍手を送りたい。溝口さんの働く鳥獣保護センターも県の施設なのであり、強者が弱者にあるいは弱者が強者に一方的な犠牲を強いることなく、「共生」の道を探っている福島県の慧眼は賞賛に値すると思うのだ。

「2025年までに人間と野生動物がそれぞれ命を謳歌できる地球にしたい」。
それが溝口さんのMY GOALだという。本当に様々な示唆に富んだ話だった。

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by cyril-aw11 | 2007-12-03 13:33 | 自然・環境

植物+動物=森

先日アップした森の話ではたくさんの方がご意見を寄せてくださり、違った角度からの見方にハッとさせられたり、自分の考えを再構築したりできてすごく勉強になりました。ありがとうございます。

その際に森を守るためには「森を買う」という一つの方法があり、そのアプローチにも団体と個人があることを紹介した。個人の方はそこで触れたので、今回は団体としてのアプローチの方を少々。

非営利の保護団体として真っ先に思い浮かぶのは、ナショナル・トラスト(National Trust)だろう。Wikipediaによれば、歴史的建築物の保護を目的として英国において設立されたボランティア団体のこと。正式名称は「歴史的名勝と自然的景勝地のためのナショナル・トラスト」(National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty) というらしい。この組織の活動の成功によって、英語圏を中心とした世界各国にナショナル・トラストの名称を冠した保護団体が設立され、日本でもこうした理念を基にした団体が多く見られるようになった。

その一つにNPO奥山保全トラストがある。そもそもこのNPOは、1997年に野生動物の棲む豊かな森の保全・復元をめざして設立された日本熊森協会から枝分かれしたものだ。その日本熊森協会とは、エサ場を奪われ狩猟と有害獣駆除で滅びていく動物たちを、何とかして助けてあげたいと立ち上がった心優しい兵庫の中学生たちから発展した団体で、私もホンの僅かながら協賛している。広葉樹の森復元、環境教育、政策提言などの活動を展開する中で、ナショナル・トラストによる森林保全の必要性を認識し、「奥山保全トラスト」の設立に至ったわけだ。その設立趣意書には、植物+動物=森という明快な真理が簡潔にまとまっている。

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「かつて日本の奥地には、多種多様な生物にあふれる鬱蒼とした森が広がっており、この森から湧き出る滋養豊かな水は、あらゆる生き物の生命を育み、農業、林業、漁業、工業、全ての産業を支えてきた。しかし祖先たちが「奥山」として大切に守ってきたその森は、戦後数十年間で開発やスギ・ヒノキの拡大造林のために多くが破壊され、様々な野生動植物が絶滅の危機に瀕し、また生物の多様性を失った「奥山」は林業不況による放置人工林の増加や、地球温暖化の影響も重なり、荒廃の一途をたどっている。

地球上に誕生した文明はすべて鬱蒼とした森の中で生まれ、森と共に栄え、そして、文明の基盤である森を失って滅びていった。今わずかに残る奥地の自然林を保全し、広範囲にわたり荒廃した森の再生に早急に取り組まなければ、近い将来日本はかつて滅びた文明と同じ道をたどることになると危惧される」。

上の図表には、本当にシンプルにそれが示されていると思う。
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by cyril-aw11 | 2007-11-28 13:37 | 自然・環境

森、売ります

雨漏りの進行及びパワーウインドウのレギュレーター、クラッチの不具合といろいろガタがきたので、ここ2週間MR2が入院中だ。そういうわけでずっとセカンドカーである4駆のSUVに乗っているのだけど、本当に今の車は便利だと実感する。ゆったりな上にレザーのパワーシート、後部座席にも荷室にも買い込んだ物がガンガン置けるスペース。純正でも十分良質なオーディオ類をはじめ、至る所にちょっと気の利いた機能があふれている(連れ合いはずっとこれがいいと言っている・・・)。

でも絶対的につまらない。狭くても、足回りが硬くてお尻が痛くても、雨漏りがしても、MR2には車を走らせているという実感がある。それこそがスポーツカーの魅力!そう、私は動くサロンが欲しいわけではないのだから!早く強化クラッチの感触を確かめながら走らせたいとウズウズしている。

f0158627_13434627.jpgそのSUVではドライブする気にもならんというわけで、3連休はもっぱら家で庭の作業。寒い中、今年のいじり納めとばかりに庭木を剪定したり、枯葉を掃き集めたり、気の早い寒肥をやったりとガサゴソ。寒さが腰にきたのでそこそこに切り上げ、好きで時々買う「ソトコト」12月号。森の特集だったので、じっくり読み入ってしまった。ロハスという言葉は何だかくすぐったくて、あまり好きではないんだけれど。


内容を抜粋すれば、木を切ることは決して悪ではない。人の手の入っていない、伸び放題の雑木林が自然の姿だというのは間違いだ。日本の林業は今壊滅状態で、木を切れば切るほど赤字が出る。消費者がとにかく安い物を求めるため、海外からの安い輸入材に敵わなくて採算が取れないからだ。だからマタギたちは斧を置き、日本の森には手を入れる人がいなくなる。鬱蒼と日が入らず下草すら生えない荒れ果てた森になり、反対に海外の貧しい国々からは加速度的に熱帯雨林がなくなっていく。日本の林業を立て直して森を守ることが、ひいては地球の温暖化を食い止めることになるという。

では具体的にどうすればいいのか?その一つに「森を買う」という方法があるという。ナショナル・トラストやトトロの森などのように、たくさんの人たちが一口ずつお金を出し合って森を保全する方法が一つ、そしてもう一つ個人で森を購入し自分でコツコツと手を入れていく方法が紹介されていた。例えば長野県にはC.W.ニコルが住んでいて有名な黒姫高原に売森があるし、北海道には3~4万平米で500万円ぐらいの森がたくさんあるらしい。これはとても興味深い。井戸を掘って簡素な小屋を建て、日々森に手を入れながら生きる。そんな暮らしをいつかしてみたい。
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by cyril-aw11 | 2007-11-26 15:06 | 自然・環境