カテゴリ:自然・環境( 31 )

八ヶ岳倶楽部の雑木林

遠く信州に引っ越してきて、心底よかったと思うのは2人のマイ・ヒーローにお会いできたことです。一人はアファンの森財団を主催するC.W.ニコルさん、そしてもう一人が八ヶ岳倶楽部の創始者である柳生博さんです。

お2人とも荒廃した人工林に手を入れて本来の豊かな植生を取り戻すことに取り組まれた方ですが、そのスタンスは微妙に違っているように思います。
f0158627_20532582.jpg

アファンの森は財団として活動しているように、トラスト地を広げながら大きなサンクチュアリ造りを展開しています。しかしその森造りの実際の担い手はニコルさんではなく、彼から委託を受けた松木さんという地元・黒姫のおじいちゃんです。

一方の八ヶ岳倶楽部は1970年代後半に柳生さんが買い求めたアカマツだらけの荒地を家族みんなで間伐し、枝打ちし、そして植樹して作り上げた雑木林であり、言わば柳生家の大きな庭です。その雑木林の心地よさをたくさんの人と分かち合うために、カフェレストランやギャラリーなどを併設したパブリック・スペースとして、後に開放した場所なのです。

もちろんそのどちらも私の憧れでありお手本ですが、古くからそのほぼすべての著作を読み、その思想や庭園作法に深く心酔して、心の師匠として師事しているのは柳生さんの方です。私は尊敬と畏怖をこめて、勝手に翁と呼ばせていただいてます^^
f0158627_2054911.jpg

「庭とは人間と自然の仲のよい風景だ」とは翁の言葉です。
そしてそれは、そのまま雑木林の定義ともなります。

かつて日本全国に広がっていた里山の雑木林。そこは人間が決して足を踏み入れてはならない原生林とは違い、人間が燃料や肥料といった糧を得て暮らしに役立てるために作った人工林です。それでも結果として、生き物は野生の森よりも人の手の入った雑木林の方をずっと好んで日本固有の種を育んでいき、里山全体が人間も喜び、生き物も喜ぶコミュニティーとなっていきました。
f0158627_20542277.jpg


and more...
[PR]
by cyril-aw11 | 2009-10-14 23:00 | 自然・環境

本州のトキ

f0158627_16533629.gif
新潟県佐渡島で放鳥されたトキのうちの一羽が、今月になって長野県内に飛来したことがニュースになった。1日に信濃町、2日に長野市で確認された後、木島平村へ。その後は環境が気に入ったのかそのまま水田でエサを取ったり、木の枝に止まったりして毎日を過ごしている。木島平村では「い~なか交流館」というコミュニティサイト内に「今日のトキ」というコーナーを設けて、日々のトキの様子を配信している(上の写真もココから)。

トキとはどんな鳥なのか。手元にある「フィールドガイド 日本の野鳥」によれば、

トキ Nipponia Nippon 体長76.5cm
下に曲がった長い嘴を持ち、足は比較的短い。頭は白色で頭は赤く、後ろ頭の羽毛が少し長くて冠羽となる。体も白いが、冠羽、翼、尾等の羽毛は橙紅色を帯び、飛ぶと特に風切が橙紅色に見える。繁殖期には頭部、背、翼の上面が灰黒色となる。嘴は黒くて先が赤く、足は赤色。飛翔中、足は尾を越えて出ない。声:タァーまたはゴァーと鼻声で鳴く。習性:1981年1月、佐渡にいた5羽が増殖を目的に捕獲され、野生のものは日本にはいなくなった。

とある。つまり天然記念物として知られるトキも、もともとは新潟県を中心に日本各地で普通に見られる野鳥だったので「フィールドガイド 日本の野鳥」にも掲載されているのだ。大きく翼を広げて飛翔する時に見える橙紅色は「朱鷺色」と称される本当に美しい色で、この色合いの羽毛欲しさに明治以降人間によって乱獲され、ついには滅ぼされてしまうことになる。

新潟生まれの自分にとって、「朱鷺」は非常に思い入れの強い鳥だ。世界でただ一つ、その学名に「Nippon」がつく種であり、新潟県鳥でもある。物事がわかり始めた中学生の頃には「佐渡トキ保護センター」を見学するためにフェリーで佐渡島に渡り、美術の課題にはトキを題材に選んで絵を描いたりした。今でも自分のブログに「放鳥トキ情報」というサイトをリンクしているのは、その延長線上のことだ。そんな特別な思いがあるので、県内に生きたトキが飛来し、翼を広げて飛んでいる姿をTVのニュースで見た時には目頭が熱くなってしまった。

そんな中、佐渡市長を始め新潟県側から飛来したトキの「返還」要請が起こっているという。環境省は佐渡島に2015年までに60羽を定着させる計画で、昨年9月の10羽放鳥はその第一弾だった。これに合わせて島内では減農薬栽培の導入などを通じて餌のドジョウの数を増やしたり、トキが好んで巣を設けるマツの害虫対策にも取り組むなど環境改善努力を続ける一方、放鳥後にはボランティアらが昼間の行動を記録するなど定着に向けた様々な調査に取り組み、包括的な活動をしてきたという自負もあるのだろう。

実際のところ、佐渡島内の方がトキにとって暮らしやすいのかもしれないし、たった一羽での生活ではペアリングによる増殖活動も見込めないという問題もある。それでもトキが自らの力でわざわざ海を越えてまでやってきて、今ここにいるということは自然現象であって、それを捕獲して連れ戻すというのはどうだろう。環境相も会見で言っていたが、「自然にどう根付くかを見るのが放鳥の大きな目的」ではないのだろうか。

もはやトキは「カゴの中の鳥」ではない。自分の力で飛ぶことのできる羽を持った鳥を空に放せば、その後のことはとても人間の予想が効く世界ではないだろう。逆に「カゴの中の鳥」だったトキにこれだけの飛翔能力や本能による捕食能力が備わっていたことに素直に驚き、そして讃えてあげられれば十分ではないか。

木島平で暮らしているトキは固体番号「03」。彼にとって良き環境がずっと続くことを願って。




緊急捜索願!にゃんた♂6歳を探しています。
[PR]
by cyril-aw11 | 2009-03-07 17:18 | 自然・環境

イロコイ連邦を知っていますか?

アメリカ合衆国の中に治外法権を認められている連邦国があることをご存じだろうか?その名はイロコイ連邦。ニューヨーク州北部のオンタリオ湖南岸にある、6つのインディアン部族(セネカ、モホーク、オノンダガ、オネイダ、カユガ、タスカローラ)により構成される集団だ。1794年にアメリカ合衆国と平和友好条約を結んでおり、これを根拠にアメリカ国務省のパスポートを認めず独自のそれを発行している。日本国政府は国家として承認していないが、いくつかの国家では問題なくこのパスポートが使用できる。

私がこの連邦国家を知ったのは、米国史を学んでいる過程で1973年のウンデッド・ニー占拠事件に行き当たったからだ。このインディアン蜂起を指揮したデニス・バンクスが、FBIから逃れるためにイロコイ連邦オノンダガ国に亡命したのだが、FBIはこのオノンダガ国内に侵入して捜査する権限を持たず、バンクスに手が出せなかった。「オ~、FBIが手出しできない国家がアメリカ国内にあるなんて!」というのが、イロコイ連邦に興味を持つきっかけだったのだ。

ではなぜ、イロコイ連邦はFBIすら拒絶できるような強い自治権を保有しているのか。それはアメリカに大きな「貸し」があるからだ。西暦1000年頃に5つの国(民族)から形成され、その後もう1つの国が加わって6つの国が単一の国家として平和的に共存するという「連邦制度」という民主政体はアメリカ合衆国の連邦制度の元になっており、アメリカ合衆国が13州で独立した時にはイロコイ連邦が協力して大統領制を始めとする合衆国憲法の制定をも指導したと言われている。

アメリカ合衆国の国章「ハクトウワシ」はイロコイ連邦の部族のシンボルを元にしたものであり、言論の自由や信教の自由、選挙や弾劾、独立州の連合としての連邦制など、イロコイ連邦がアメリカ合衆国の基盤造りに与えた影響は大きい。その功績に敬意を払う意味でジョンソン大統領の時代までは、歴代のアメリカ合衆国大統領が就任にあたってイロコイ連邦を表敬訪問するのが慣例となっていたくらいだ。

さて昨日のBS-i、「地球千年紀行~先住民族の叡智に学ぶ~」は、現代人が天に唾してきた結果として直面している地球環境問題解決の糸口を、イロコイ族の先人の知恵から学ぼうというものだった。地球と一体化してブレずに生きてきた彼らの話には、深く頷かされることが多かった。ポイントをいくつかまとめておく。

[三姉妹農法]

近代農業は大規模単作栽培が基本である。大型機械によって灌漑や収穫が行われ、化学肥料や農薬がその生産力を担保している。一方、イロコイ族は近代農法が発達する以前に行われていた伝統農法のひとつである「三姉妹農法」と呼ばれるトウモロコシ・豆・カボチャの混植栽培を今も実践している。

まずトウモロコシの種を蒔き、ある程度育ったところで豆を蒔く。すると豆はとうもろこしの葉っぱを日除けに、またその茎にはツルを巻きつけて成長していく。次にカボチャを蒔く。その葉は土壌の水分を蓄え、トウモロコシや豆の収穫に役立つ。収穫後の茎や葉などは朽ちて行き、カボチャはこれを養分に育つ。完全なる自然循環を生かしたムダのない耕作法である。

[メッセンジャー・プラント]

人間が植物を求めて森を歩くとき、最初に見つけた植物(特に薬草類)はメッセンジャー・プラントとして取らずに残し、二番目に見つけたものを取る。これが次の年の収穫につながっていく。取る時も根こそぎ取るようなことはせず、必要な量だけそしてまた芽が出るように気をつけて取る。「七世代先の子孫まで繁栄できるように」が合言葉だ。

[地球の輪の中の最下層に位置する人間]

現代の問題はすべて、人間と地球のつながりが希薄になっていることに起因する。人間はいつしか自分たちだけの場所を作って鳥や動物、植物から離れて独立してしまい、大きな世界の一部でなくなってしまった。人間は自然界の最下層の生物であることを忘れてはいけない。人間も命の創造の輪の中にいる以上、これが欠けることは他のすべての生物が苦しむことになる。しかし最初は苦しむこともあるが、人間は最下層に位置している生物であり、いなくなってもいつしか地球はうまく回っていく。人間が生き残りたければ、自分の与えられた役割をしっかり果たすこと。輪の中に居させてもらうことが、結局は人間自身のためになるのだ。

[PR]
by cyril-aw11 | 2009-02-23 15:18 | 自然・環境

ニホンリスが生きられる森

昨日は「軽井沢サクラソウ会議」主催の「軽井沢ふるさと探検隊」 気になるリスの今日この頃~町の中でのこんせき探し~に参加。リスの姿を直接見るのはなかなか難しいので、町内の森の中で彼らの痕跡を探そう!という企画だ。

f0158627_19403244.jpg
町内で見られるのはニホンリス(資料画像)。頭胴長約20センチ、体重約280グラムの日本固有種で、pulalaさんがよく撮影されているエゾリスに似ているが、ニホンリスの方が一回り小さい。北海道にはエゾリスとエゾシマリスが、本州にはこのニホンリスが生息している。

f0158627_19444976.jpg
さてリスの痕跡探し、その対象は「巣」と「食痕(エサを食べた跡)」だ。まず巣の方だが、巣には木の上に小枝を組んでボール状に作る「樹上巣」と、キツツキ類が開けたり自然にできた木の洞を利用する「樹洞巣」がある。写真は樹上巣で、比較的見つけやすい。カラマツやモミなどの針葉樹に多く作られ、高く大きな木の10メートルくらいの高さが選ばれることが多い。一方の「樹洞巣」は見つけづらい。ニホンリスが使いやすい大きさの樹洞は鳥類やムササビなどライバルが多く、空いていないと使えない。

f0158627_1945140.jpg
次に食痕の方だが、ニホンリスの代表的な食痕は好物のマツとオニグルミの球果となる。軽井沢はアカマツを始めとしてマツ類が豊富なので、こちらの食痕探しの方が容易だ。ニホンリスは上手にマツカサの鱗片を剥がし、中の種子を食べる。その食べ終わった跡が、写真のエビフライのようなものだ。地上や切り株の上でまとまってこうした鱗片が見つかったら、リスが地上で食べた証拠(地上食痕)。鱗片がバラバラと散乱していたら、木の上で食べたと考えられる(樹上食痕)。うちが見つけた食痕は全部で6つ。それぞれバラバラなところで見つけたので、樹上食痕と考えられる。

今回のフィールドワークには総勢40名ほどが参加、10本のアカマツがある500平米ほどの区域をサンプル調査した。結果、樹上巣が2つで食痕は300個。クルミの木がないにも関わらずクルミの食痕も見られたことから、遠くから運んできたのだと考えられる。しかしこの調査結果からでは、最低一匹のニホンリスが存在するということが読み取れるくらいらしい。

f0158627_19451884.jpg
一見して緑の森が広がっていても、ニホンリスが棲んでいない森がある。それは一種類だけの木が植えられた人工林や、単純な樹種で構成された二次林など。このような森は食べ物が少なく、巣をかけられるような木や隠れ場所となる多様な高さの木が含まれていないからだ。また森が道路や開発によって分断されて狭くなると、ニホンリスは生きていけない。なぜなら彼らは一生のほとんどを木の上で過ごす森の動物であり、こういう事態に直面すると他の森に移動するためには地上に下りなくてはならなくなるからだ。軽井沢町内も写真のように森が道路で分断されてしまった場所が多く、ニホンリスに限らず森の動物たちには交通事故を始め、危険がいっぱいの状態だ。

f0158627_1940479.jpg
人間の諸業で分断してしまった森をつなぐために、人間が知恵を絞って補完するのは当然のことだ。写真のような「リスの橋」(資料画像)を道路にかける取り組みや、以前紹介した獣医師・溝口俊夫さんが進める道路の下を通す「動物専用トンネル」の普及などを、自治体は開発認可の絶対条件とするべきではないだろうか。開発で得られる莫大な利益を考えれば、決して大した対価ではない。
[PR]
by cyril-aw11 | 2009-02-16 20:01 | 自然・環境

森のラブレター

f0158627_1653669.jpg

昨日放送された「感動!北の大自然スペシャル 森のラブレター」(TBS)はなかなか見応えがあった。ずっと楽しみにしていたものだ。

「北の国から」で知られる脚本家の倉本聰が主宰する「富良野自然塾」が主なる舞台。彼は平成17年に閉鎖された富良野プリンスホテルゴルフコースを、昔の森に還す事業を進めていることで知られる。彼が言う通り、森に還すとは単に植樹をすることではない。近隣の森から種や実生や若苗を採取し、移植可能な時期まで育てて初めて地面に植えつけるという忍耐と歳月の遠大な作業であり、それでもうまくいくかどうかは誰にもわからない未来だ。大企業にとって山や森の木々を皆伐し、そこに生きるすべての生物ごとブルドーザーで薙ぎ倒してゴルフ場を造ることは非常に簡単な作業だが、その逆をやろうとするとどれだけ大変なことかは計り知れないものがある。まさに「壊すは一瞬、造るは…」だ。

富良野自然塾で興味深かったのは「地球の道」という体験型ディスプレイ。46億年の地球の歴史を460メートルに縮尺して作った小道で、爆発して熱くなったり、その反動で氷河期が来たりを繰り返してきた地球の歴史を歩きながら学べるものだ。これによれば人類が栄華を極めた産業革命以降のここ200年は、わずか0.02ミリに過ぎない!このたった0.02ミリの中で人類は傍若無人にふるまってきたのだ。長い年月をかけて蓄積されてきた化石燃料を使い尽くし、自然を恣意的に変化させ、多くの生物を絶滅に追いやってしまった。46億年の歴史から見ればほんのミリ以下の出来事だから、人類が死に絶えればすぐに元に戻ることは想像に難くないが、それでは「人類の叡智」とやらはどこにあるのかということになってしまう。

もうひとつ、今さらながら驚かされたのは自然環境の絶妙なバランスだ。例えばミズナラの木は葉によってだけではなく、木全体で効率よく根元に雨水を送れるように、すべての枝の角度が神によって計算されている。これによって枝も幹も雨水の流れる川となり、ミズナラの立つ地面は常に土のスポンジのようになっていく。そこに落ちた葉が微生物や小動物を育み、彼らがさらに肥沃な土地を造っていく。余談になるがそのシステムを知っているからこそ、皇居の庭では一切の落ち葉掃きをしないという。落ち葉は人間が掃除などしてはいけないのだ。

さて、森から湧き出した水はいつしか川となる。川は上流から豊富な岩石や砂利を下流へと運ぶ。産卵のために川を上ってきた鮭はそうして運ばれてきた川底の砂利を掃き、産卵し、流されたり外敵に捕食されたりしないよう、再び砂利をかけて力尽きる。その亡骸を鳥や動物たちが食べるのだ。パーフェクトな連鎖である。

こうしたパーフェクトな連鎖を阻害する人間の行為は数え切れないほどあるが、卑近な例がゼネコン主導の乱開発としてのコンクリートダム建設である。当然のことだが、コンクリートで川が堰き止められれば砂利はもはや新たに下流へ運ばれなくなる。川底には泥だけとなり、砂利の代わりに泥をかけられた卵は窒息し、孵化することはない。後は推して知るべしだ。

長野県は2001年12月、当時の田中康夫知事が「脱ダム宣言」をし、長野モデルを全国へと発信した。彼のエキセントリックな多くの取り組みは様々な物議を醸したが、総じて理に適っていたし、「真っ当な方向」を向いていたように思う。当時副知事として田中を補佐し、現在横浜副市長を務める阿部守一も「驚かされることも多かったが、タブーなく従来の発想を簡単に飛び越える発想に納得させられることが多かった」旨を述べている。2007年2月に現知事の村井仁が「脱・脱ダム宣言」をしたことですべては失われてしまったが、昨年の国の大戸川ダム建設計画を滋賀・京都・大阪の三知事がトップダウンで白紙撤回した件を見るにつけ、田中の先見性と確かな方向性が窺える。

倉本聰が紹介していた南米のアンデス地方に伝わる「ハチドリのひとしずく」という古いお話。我々ひとりひとりがハチドリになれるかどうか。すべてはそれにかかっている。
[PR]
by cyril-aw11 | 2009-02-12 16:55 | 自然・環境

実のなる木を植えること

f0158627_17521984.jpg
昨日、大町市で開催された「森・人・22 シンポジウム クマなど野生動物との共存」に出席してきた。長野道の麻績ICから峠越えで、軽井沢から1.5時間といったところ。写真は久々に真っ白に雪化粧した浅間山。

主催は「森づくり人づくり22」という団体。

信州大学農学部准教授(研究者代表)
長野県林務部野生鳥獣対策室・鳥獣保護管理係長(行政代表)
信州ツキノワグマ研究会代表(研究者・NPO法人代表)
日本熊森協会代表(動物愛護・自然保護団体代表)

という4名のパネリストがそれぞれの専門性の観点から持論を展開し、それを踏まえてディスカッションしていくという内容だった。

自然を人間への脅威と捉え、それをねじ伏せて征服しようと試み、挙句に失敗した西欧の
「wildlife management」なる概念を自然の恵みに手を合わせ、畏敬の念を持って共存しようとしてきた日本に今さら導入しようとしている行政は論外だが、いわゆる「研究者」たちも目線が完全に「研究」のみに向いてしまい、クマ問題の解決・改善が遠のいてしまっている面があると感じた。

つまり自然という大きな風車の構造を、ちっぽけな人間というドンキホーテが完全に解き明かすことは不可能であり、その不可能なことにあまりにも長い年月をかけていることによって、もっと本質的に大切なことを見失ってしまっているのではないかということだ。

クマの耳に発信機をつける(クマの耳は大切なレーダーであり、クマにとって邪魔な発信機の存在は彼らの生死を大きく左右しているのだが…)。クマの首輪に発信機をつける。そうして彼らの生息域や行動範囲、現在地を知ることが有益なデータとなるのは確かだろう。だが、それによって人里に下りてくるクマの数を減らせているのだろうか?答えは否だ。

日本熊森協会代表の森山さんは、長く中学校の理科教師をされていた。協会設立のきっかけは、平成4年に生徒たちと野生のツキノワグマ保護活動に取り組んだことだったという。子供たちと地元・兵庫のクマ問題を話し合った際、子供たちの素直な反応にハッとさせられたそうだ。「クマは山のエサがないから、里に下りて来るのやろ。だったら、エサを作ってやったらええのや」。

そこからスギ・ヒノキの人工造林で荒廃が目立つ日本の森を動物が棲める、実のなる広葉樹中心の自然林に戻そうとの活動が始まり、広葉樹の植樹会はすでに30回を数える。研究より実践を。考える前に動くということだろう。

なぜクマを守らなくてはいけないのか。クマは日本の最大獣であり、自然生態系のトップに位置しているからだ。クマの棲める環境は、その地域に在来するすべての動植物が存在し得る環境である。クマを自然状態で生かすことができれば在来の動植物を一括で守ることができるのだ。クマは日本の自然の元締めであり、シンボルであると言える。クマを守ることは、原生的な自然をセットで守ることにつながる。これは是非、記憶しておきたい事実だ。

f0158627_17524893.jpg
帰り道、峠を越えながら険しいアルプスの山々で越冬するクマたちを思う。一本でも多く、実のなる木を「約束の地」に植えることを誓いながら。

------------------------------------------------------------------

例えば、あなたが木を一本植えたら、それはすごいことなんです。

だって木は、命を持っているから、一生懸命生きるでしょう?

数百年も生きるかもしれない。いろんな鳥が実をついばむかも。

何百回もクマが冬を越して、無数の虫やコケが棲むかもしれない。

そしていつか、倒れて腐って、植えた一本の木から、次の木が芽吹く。

木を植えることは命とつながろうとすることです。

実のなる木を植えることは、誰にでも出来ることではないんです。

出来るのは、植物と動物の両方の命を大切にする、やさしい人だけです。

------------------------------------------------------------------
[PR]
by cyril-aw11 | 2009-01-26 18:12 | 自然・環境

軽井沢に生きる

昨年の11月30日に旧軽井沢のメイン通り沿いの駐車場で、一頭のクマが射殺された悲劇を覚えているだろうか。冬篭りに向けて、たくさんの木の実で満たされているはずの彼女の胃袋は空っぽだった…。その悲劇に関する考察がようやくまとまったので、新たな一年のスタートにあえてアップしておきたい。

ご存知の通り、軽井沢町は自然環境に関する高度な知識やノウハウを有するピッキオというNPO団体にクマ対策を一任している。その内容は通報対応、出没個体への対応、防除対策への助言、そして普及啓発活動と多岐に渡っており、その真摯かつ献身的な活動は大きな成果を上げている。しかしクマを含む「有害鳥獣」の捕獲(駆除)に関しては、何ら権限を与えられていない。最もクマを知る者に、何も決定権が付与されていないのが現実なのだ。

では軽井沢町の場合、誰に権限があるのか。北半分の国指定鳥獣保護区域内では町(町長)と環境省(環境大臣)、南半分の一般地域では長野県(県知事)が捕獲(駆除)の判断を下すことになっている。しかし今回は鳥獣保護区域内であったが、射殺を決定したのは町長でも環境大臣でもなく、軽井沢警察であった。それはなぜか。「緊急避難」である。


刑法第37条(緊急避難)
1. 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2. 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。


緊急避難とは「カルネアデスの舟板」で有名だが、生命身体という正当な利益が危険に晒されており、その危険を回避する手段が他に無いためやむを得ずした行為をいう。そして、生命身体への侵害を回避したことによって生じる損害の方が小さいか少なくとも同等であるので、その行為は緊急避難であるとして犯罪にはならないこととなるのだ。

これを今回のケースに当てはめれば、クマによる人身被害が発生しているか、また人家周辺など人間の生活域において発生する恐れが極めて高く、鳥獣保護法第9条による捕獲許可を正規のプロセスを経て(環境大臣より)得ることが時間的、物理的に不可能と判断されたので、現場警察官の指示命令により発砲に至ったということになる。しかしこの「緊急避難」の法解釈については、法学者の間でも見解が分かれていることを付け加えておく。

ピッキオはこれまで幾度となくクマを追い払ってきている。別荘地や住宅地にクマが出没するのは大抵が夜間であり、真っ暗闇の藪に突入してクマにプレッシャーを与えて追うということは非常に困難な作業である反面、人通りがほとんどないことから安全面ではやりやすい状況でもあるそうだ。しかし、今回のような日曜の昼下がりに多くの住民はもちろん、観光客や車の通行が多いメイン通り沿いでの出没はたとえ追い払ったとしても、その先の安全を確保することが非常に困難であっただろうとピッキオも判断したとのことだ。

状況はわかる。それでも釈然としない気持ちが残るのも事実だ。一人の人間も傷つけておらず、おなかが空いて山から下りてきたものの、袋小路に追い詰められて震えていたクマの命を、何とか救える方法はなかったのか。瓢湖の白鳥の餌付けが鳥インフルエンザ防疫の観点から中止が計画されているという話や、温泉に入りに来るサルたちが増えすぎて人間に「悪さ」をするという理由から「間引き」が行なわれるという話。いずれも観光客誘致などの目的で集められた動物を、人間の身勝手やきまぐれで駆逐する実例だ。その根っこはすべてにつながっている。

これ以上不幸なクマを増やさないためにピッキオだけに頼ることなく、住民や観光客は自分でできることだけはしなくてはならないだろう。ゴミや食糧でクマを誘引することがないようにすることはもちろん、人間と動物の「臨界」があいまいな軽井沢だからこそ、自然豊かな地に足を踏み入れるときは必ず自分の存在をクマに知らせる手立てを講じることが、人間側の最低限の責務であると信じている。

多くの生きものたちが、地球のどこかで無事に新年を迎えられたことを、そっと祝って。
[PR]
by cyril-aw11 | 2009-01-04 19:24 | 自然・環境

森に命の灯をともそう

f0158627_12503091.gifチョウセンゴヨウは大きな木

マツの仲間で
栄養たっぷりの実をつける

ロシアの東の端のほう
沿海地方に広がる森には
チョウセンゴヨウがたくさんあった

ツキノワグマも、アナグマも
ニホンジカも、イノシシも
大きなヒグマ、小さなモモンガ
たくさんの小鳥たちも

チョウセンゴヨウの実を食べて
厳しい冬を乗り越えた

命あふれるこの森は
たくさんの獲物が必要なトラ
そしてヒョウまでも
懐に抱いてゆるがないほど深かった

 

チョウセンゴヨウは大きな木
まっすぐ育ち、材質も良く
高い値段で売り買いされる

沿海地方の森から
チョウセンゴヨウが消えていく
森はもう、多くの命を支えきれない

さらに相次ぐ山火事が
生きものたちを追いつめる

沿海地方の母なる木
チョウセンゴヨウを取り戻そう
森をのみこむ炎を消して

森に命の灯をともそう



JOIN WWF NOW!
[PR]
by cyril-aw11 | 2008-12-15 13:01 | 自然・環境

軽井沢町で熊1頭捕殺 駅前通り沿いに出没

昨日の「信毎web」より。以下、転載。

----------------------------------------------------------------------

 30日午後1時半ごろ、JR軽井沢駅から「旧軽井沢銀座」に至る北佐久郡軽井沢町軽井沢のメーン通り沿いの駐車場付近に、雌のツキノワグマ1頭が出没した。近くに別荘や住宅が多いため、町は地元猟友会に要請し猟銃で捕殺した。けが人はなかった。

 熊は体長1・33メートル、体重70キロで、成獣とみられる。駐車場の管理人が「熊らしい動物がいる」と町に通報。町から熊対策を受託している同町のNPO法人「ピッキオ」のスタッフが監視していたところ、熊は別荘や住宅がある袋小路に逃げ込んだ。町は環境省に緊急駆除の実施を連絡。軽井沢署員や町職員らの立ち会いで、午後2時半ごろ、猟友会員が発砲した。

 捕殺した熊は、ピッキオが行動を追うための発信機を取り付けていない未確認の個体。ピッキオによると、この時期に熊が街中に出没するのは珍しいという。胃の中には何も入っていなかった。

 同町では6日、旧軽井沢の観光名所雲(くも)場(ば)池を訪れた観光客の女性が熊に襲われ、軽いけがをしている。

----------------------------------------------------------------------

先月上旬に雲場池でクマと人間の接触事故があったばかりだが、今度は旧軽のメイン通りにクマが出没。一人の人間を傷付けることもないまま、怯えて逃げ込んだ袋小路で殺されてしまった。木の実などで満たされているはずの胃の中は空っぽだった…。

長野県が昨年の「ツキノワグマ補殺数全国一(日本熊森協会調べ)」というのはあまり知られてはいないだろう(北海道のクマ補殺数はこれを上回るが、ヒグマである)。あくまで行政に駆除等の届け出があったものだけでこの数だから、実数は確実にこれを上回る。長野はクマ受難の県である。

速報性が必要な話題ではないし、詳しい事実関係や行政のクマ対策の現状などを知らないまま、いい加減な記事は書きたくない。しばらく独自に取材や勉強を進め、まとまったらここでアップしたいと思っている。
[PR]
by cyril-aw11 | 2008-12-02 13:40 | 自然・環境

「クマは警告する」より その3

[クマに死んだふりは有効か?]

さてクマが人間を「襲う」とたやすく言うが、クマにとってこの行為は一世一代の勇気がいることである。先日の雲場池での接触事故について、ピッキオ状況や概略をまとめているがこの中で彼らは、

「事故現場周辺は道の片側が池、片側が柵となっており、クマが完全に隠れられる場所もない。逃げ場所を失い、追いつめられたような心理状態であったところで複数の人間との距離が非常に近くなり、接触に至ったのではないか」

と的確に分析している。まさにクマが人間と出遭ってしまった場合、彼らは自分を追いかけてこられない程度に相手をやっつけて、一刻も早くその場を離れたい一心なのだ。

その点だけで考えれば、動けなくなったように「死んだふり」をするのにも一理ある。しかしクマの前で死んだふりをするのはいささか勇気がいるし、しかも何かをかぶって横たわるわけではないから無傷ですむ保証もない。おそらくクマは噛んでみたい衝動に駆られるだろう。動物が噛むのにはいろいろな意味があるのだが、本気で噛まなくても痛いだろうし、その結果として声を出してしまえば大きな事故になりかねない。特にクマは、無意識に後頭部や頚動脈が走る側の首や腕などを噛む。となると、やはり無防備な「死んだふり」はリスキーだ。

[具体的な対処方法]

(1)クマは人間が逃げようとすれば必ず全速力で追ってくる。しかしこの時、手元のバッグなどをクマ目がけて投げつければ、必ずそちらに目を向けて正体を確かめようとする。少なくともここで1~2秒稼げ、この一瞬が勝負の分かれ目となる。これは先に触れた宮澤さんの実験結果によるものだ。

(2)次に何をおいても、自分の登りやすい「細い木」を探して飛びつく。くれぐれも注意しなければならないのは、電柱のような太い木を選ばないことだ。太い木は人間には登りにくいが、手鉤の爪を持つクマには好都合でたちまち追いつかれてしまう。

(3)クマが木に登り始めるのを待って、タオルなどをヒラヒラさせながら鼻先に垂らす。すると必ずそれに噛み付いてくるので、噛むのを確かめたら目が隠れるように手を離す。

(4)失敗したら、次は帽子を鼻先に丁寧にかぶせてやる。彼の両手は幹に取り付いているから、叩かれたりする心配はない。

(5)それにも失敗したら、なるべく高いところに避難しつつ上着やシャツを脱いで、鼻先に最後のトライをする。上着やシャツは面積が大きいからかぶせやすいし、クマの方からすれば取り除きにくい。除くには両手が必要で、手を離せば木から落ちる。この衝撃にクマは必ず一目散に走り去ることになる。向こうは両手が使えないことを忘れず、落ちついて慎重にかぶせるようにする。

(6)宮澤さんはもう一つの方法として、唐辛子の辛味成分入りスプレーの携帯も勧めている。射程距離の短いものは自分自身もスプレーを浴びたりして危険な結果になりかねないが、アメリカ製の「COUNTER ASSAULT」などは官公庁でも制式採用され、また成分も動物にとって無害なものでできており、有効だろうと思われる。

[まとめ]

繰り返しになるが、軽井沢は町全体が人間と動物の「臨界」が曖昧な土地であり、思わぬところで接触の可能性があることを想定しておくことが必要だと思う。私もその対策として、気軽な散歩のつもりでもリュックやバッグ、帽子、タオル、上着、熊除け鈴は最低限携帯して出かけるようにしている。

宮澤さんは、「クマは人間と同じ日本最大の雑食性哺乳動物であるが故に、そこに存在することに意味がある」と述べている。つまりこの国の自然の生態系と食物連鎖の環がどこまで保全され、あるいは壊れているかの危険度を表すリトマス試験紙的な存在だということだ。この試験紙が今、我々に見せてくれている結果は非常に重いのではないだろうか。
[PR]
by cyril-aw11 | 2008-11-22 23:55 | 自然・環境