徳川家霊廟と増上寺

港区芝にある増上寺は徳川家の菩提寺として知られ、今も徳川将軍15代のうち6人(秀忠、家宣、家継、家重、家慶、家茂)、それに公武合体策から14代将軍家茂に嫁いだ皇女和宮などが葬られている。
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地図を見ればわかるが、この増上寺を東西に挟むようにそびえるのが東京プリンスホテルとザ・プリンスパークタワー東京である。この寺の東西に分かれる約3万坪はもともと徳川家の所有地であったが、堤康次郎のやり口のご多分に漏れず、戦後の混乱期に多額の税に苦しむ徳川家から二束三文で簒奪した。その土地の中には墓地もいくつか点在していた。かつて皇女和宮の廟があったのを取り壊した上に建てたのが現在の東京プリンスホテルであり、ザ・プリンスパークタワー東京の下にはかつて2代将軍・秀忠が眠っていた。

もちろん墓を取り壊す際には眠っている遺体をどこかに移さなければならず、徳川家の菩提寺である増上寺との間で協議が続いた。双方の弁護士によるこの移転問題協議は長引いたが仏の問題でもあり、「彼岸中の移転はしない」との申し合わせがあった。しかし早期に移転を完了してホテル着工を急ぎたい康次郎はこの協定を無視、彼岸の中日に和宮の墓を取り壊してしまい大問題に発展したのである。

結局のところ徳川家霊廟は増上寺に作られたが、「墓を撤去する」という「眠っている人に大変失礼なこと」を、「身内でもない人が」「決めて実行するということ」、すなわち「部外者が墓をどかそう」などという身内が「不愉快に」思うようなことを、すでにやってのけていたのが他でもない堤康次郎本人だったわけである。歴史は繰り返す、因果応報ということを感じずにはいられない。
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by cyril-aw11 | 2008-06-06 13:21 | 軽井沢
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