堤家と鎌倉霊園

週刊新潮」6/5号で面白い記事を見つけた。<「堤康次郎の墓を撤去しろ」で始まった西武の堤家完全追放>という特集だ。

一代で西武王国を築いた初代・康次郎の巨大な墓は、西武が開発した55万平方M以上もの公園墓地「鎌倉霊園」内にある。かつては毎年元旦に、ヘリコプターで駆けつける2代目・義明氏とともにグループ幹部500人が墓前に手を合わせた。また「感謝と奉仕」の社是を引き継ぐと称して「奉仕当番」なるものが存在した。これは西武グループ内の企業各社社員2名が毎日手弁当で墓地内にある休憩所に泊り込み、朝夕の「鐘つき」や清掃などの墓守りをするというもの。「にぎやかなのが好きだった先代が淋しがらないように」と義明氏が指示して始めたというから、どこまでも前時代的で公私混同も甚だしい。堤家の定義する「感謝と奉仕」とは社会や顧客に対するものではなく、あくまでも堤家に対してのものを意味するらしい。

西武グループ凋落のきっかけとなった2004年の西武鉄道株の虚偽記載事件。西武鉄道が上場廃止となりさらに義明氏が逮捕されると、メインバンクのみずほコーポレート銀行は再建の舵取りのために後藤高志氏を送り込んだ。義明氏に代わる現総帥で、西武鉄道並びにグループ持株会社である西武ホールディングスの社長である。彼を中心とした再建委員会は親会社のコクドを解体、新たにグループ全体の持株会社として西武HDを設立した。ここに外部ファンドなどから大きな出資を入れ、逆に旧コクドの株主をNWコーポレーションという新会社に移管。これによって旧コクドでは36%の筆頭株主だった義明氏は西武HDでは5%の比率に過ぎなくなり、その影響力を失うことになったのだ。

今回の記事はその後藤氏が義明氏に「西武はもはや堤家のものではないのだから、そういう人の墓がグループ企業の霊園にあるというのは、会社のコンプライアンス上おかしい」と初代の墓の撤去を通告したというもの。それに対して西武の元幹部たちは「墓を撤去するなんて、眠っている人に大変失礼なことじゃないですか。まして身内でもない人がそんなことを決めて実行するということであればなおのこと。部外者が墓をどかそうなんてことを考えるなら、そりゃあ我々だって不愉快に思いますよ」と怒り心頭だと記事は伝えている。

当の後藤氏は発言を否定しているし、真相がよくわからないのはいかにも新潮らしいのだが(笑)、それはともかくとしてこの話は因果応報を強く感じさせるものだった。それがどういうことなのかは次回に。
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by cyril-aw11 | 2008-06-05 16:04 | 軽井沢
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