軽井沢に生きる

昨年の11月30日に旧軽井沢のメイン通り沿いの駐車場で、一頭のクマが射殺された悲劇を覚えているだろうか。冬篭りに向けて、たくさんの木の実で満たされているはずの彼女の胃袋は空っぽだった…。その悲劇に関する考察がようやくまとまったので、新たな一年のスタートにあえてアップしておきたい。

ご存知の通り、軽井沢町は自然環境に関する高度な知識やノウハウを有するピッキオというNPO団体にクマ対策を一任している。その内容は通報対応、出没個体への対応、防除対策への助言、そして普及啓発活動と多岐に渡っており、その真摯かつ献身的な活動は大きな成果を上げている。しかしクマを含む「有害鳥獣」の捕獲(駆除)に関しては、何ら権限を与えられていない。最もクマを知る者に、何も決定権が付与されていないのが現実なのだ。

では軽井沢町の場合、誰に権限があるのか。北半分の国指定鳥獣保護区域内では町(町長)と環境省(環境大臣)、南半分の一般地域では長野県(県知事)が捕獲(駆除)の判断を下すことになっている。しかし今回は鳥獣保護区域内であったが、射殺を決定したのは町長でも環境大臣でもなく、軽井沢警察であった。それはなぜか。「緊急避難」である。


刑法第37条(緊急避難)
1. 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2. 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。


緊急避難とは「カルネアデスの舟板」で有名だが、生命身体という正当な利益が危険に晒されており、その危険を回避する手段が他に無いためやむを得ずした行為をいう。そして、生命身体への侵害を回避したことによって生じる損害の方が小さいか少なくとも同等であるので、その行為は緊急避難であるとして犯罪にはならないこととなるのだ。

これを今回のケースに当てはめれば、クマによる人身被害が発生しているか、また人家周辺など人間の生活域において発生する恐れが極めて高く、鳥獣保護法第9条による捕獲許可を正規のプロセスを経て(環境大臣より)得ることが時間的、物理的に不可能と判断されたので、現場警察官の指示命令により発砲に至ったということになる。しかしこの「緊急避難」の法解釈については、法学者の間でも見解が分かれていることを付け加えておく。

ピッキオはこれまで幾度となくクマを追い払ってきている。別荘地や住宅地にクマが出没するのは大抵が夜間であり、真っ暗闇の藪に突入してクマにプレッシャーを与えて追うということは非常に困難な作業である反面、人通りがほとんどないことから安全面ではやりやすい状況でもあるそうだ。しかし、今回のような日曜の昼下がりに多くの住民はもちろん、観光客や車の通行が多いメイン通り沿いでの出没はたとえ追い払ったとしても、その先の安全を確保することが非常に困難であっただろうとピッキオも判断したとのことだ。

状況はわかる。それでも釈然としない気持ちが残るのも事実だ。一人の人間も傷つけておらず、おなかが空いて山から下りてきたものの、袋小路に追い詰められて震えていたクマの命を、何とか救える方法はなかったのか。瓢湖の白鳥の餌付けが鳥インフルエンザ防疫の観点から中止が計画されているという話や、温泉に入りに来るサルたちが増えすぎて人間に「悪さ」をするという理由から「間引き」が行なわれるという話。いずれも観光客誘致などの目的で集められた動物を、人間の身勝手やきまぐれで駆逐する実例だ。その根っこはすべてにつながっている。

これ以上不幸なクマを増やさないためにピッキオだけに頼ることなく、住民や観光客は自分でできることだけはしなくてはならないだろう。ゴミや食糧でクマを誘引することがないようにすることはもちろん、人間と動物の「臨界」があいまいな軽井沢だからこそ、自然豊かな地に足を踏み入れるときは必ず自分の存在をクマに知らせる手立てを講じることが、人間側の最低限の責務であると信じている。

多くの生きものたちが、地球のどこかで無事に新年を迎えられたことを、そっと祝って。
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by cyril-aw11 | 2009-01-04 19:24 | 自然・環境
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